本多用水 知られざる物語

【第3回】 前代未聞の大計画 ~水源確保と幕府への挑戦~

国分寺を潤した命の水路

前回は、国分寺村の名主・本多雖軒(ほんだすいけん)が、深刻な水不足に苦しむ村を救うため、強い情熱とリーダーシップをもって用水路開削を決意した姿をご紹介しました。しかし、その決意を形にするためには、乗り越えなければならない幾つもの高い壁がありました。今回は、その壮大かつ困難な「本多用水計画」の具体的な中身と、最大の関門であった幕府への許可申請という挑戦に迫ります。

どこから水を引くか? – 水源に選ばれた野火止用水

まず考えなければならないのは、用水路の「水源」をどこに求めるかです。村の近くを流れる玉川上水からの分水(国分寺分水)だけでは、台地の上まで水を届けることはできませんでした。そこで雖軒が目を付けたのが、現在の小平市などを流れる**野火止用水(のびどめようすい)**でした。

野火止用水は、玉川上水から分水して作られた用水路で、比較的安定した水量が見込めます。そして何より、国分寺村の台地へ水を導く上で、地理的にも可能性があると考えられたのです。しかし、これは簡単な選択ではありませんでした。野火止用水は、川越藩主・松平信綱(まつだいらのぶつな)が江戸時代初期に開削した歴史ある用水路であり、すでに多くの村々がその水を利用していました。そこから新たに分水するということは、既存の利用者の理解と、用水路を管理する者(時代によっては幕府や特定の藩)の許可を得なければならない、極めてデリケートな問題だったのです。

どうやって水を導くか? – 台地へのルート設計

水源が決まっても、次に立ちはだかるのは「どうやって水を目的地まで導くか」という難題です。野火止用水から国分寺村北部の台地まで、水路は数キロメートルに及んだと考えられます。当時の土木技術で、自然の地形を巧みに利用し、わずかな高低差(勾配)を保ちながら水をスムーズに流す水路を設計・建設することは、大変な知識と労力を要しました。

  • 精密な測量: わずかな測量の誤差が、水が流れなくなるという致命的な結果を招きます。雖軒は、専門的な知識を持つ技術者の協力を得たか、あるいは自らも測量技術を駆使したのかもしれません。
  • 地形の克服: ルート上には、小さな谷や窪地、あるいは他の河川が存在した可能性もあります。そうした場所では、土手を築いたり、水路橋(木製の樋など)を架けたりする必要があったかもしれません。

まさに、自然の地形との闘いであり、人間の知恵と技術が試される挑戦でした。雖軒の頭の中には、完成後の用水路が大地を潤す姿と共に、それを実現するための具体的なルートが描かれていたことでしょう。

最大の関門 – 幕府への請願と交渉

そして、計画実現のための最大の壁が、幕府への許可申請でした。用水路の開削、特に他の重要な用水からの分水を伴うような大規模な計画は、個々の村だけで勝手に進められるものではありません。幕府の厳格な管理下にあり、正式な手続きを経て許可を得る必要がありました。

雖軒は、用水開削の必要性、具体的な計画(水源、ルート、工事方法、費用負担の見込みなど)、そして完成後に期待される効果(新田開発による石高増加など)を詳細に記した**請願書(お願いの書類)**を作成し、幕府の担当部署(おそらくは勘定奉行所など)や、地域を管轄する代官所へ提出したと考えられます。

しかし、書類を提出すればすぐに許可が下りるほど甘くはありません。

  • 複雑な利害関係: 新たな分水は、既存の野火止用水利用者の水量を減らす可能性があり、反対意見や他の村との争いを招く恐れがありました。
  • 幕府の審査: 幕府側も、計画の妥当性、費用対効果、他の地域への影響などを慎重に審査します。前例の少ない計画であれば、なおさらです。

雖軒は、江戸へ何度も足を運び、役人たちに計画の意義を説き、関係各所との調整に奔走したことでしょう。時には門前払いに近い扱いを受けたり、 निराशाを感じたりすることもあったかもしれません。それでも彼は、持ち前の粘り強さと説得力で、この難関に挑み続けたのです。それは、単なる土木技術の問題ではなく、政治的な交渉力や調整能力も問われる、まさに総合的な挑戦でした。

こうして、水源の選定、ルートの設計、そして幕府への許可申請という、幾つものハードルを乗り越えるべく、本多雖軒の挑戦は本格的に始動しました。前代未聞とも言えるこの大計画は、果たして実現へと向かうのでしょうか。

(第4回へつづく)


【第4回予告】 次回は、いよいよ実際の工事現場に目を向けます。計画実現に不可欠な莫大な費用はどう賄われたのか? そして、当時の技術でどのようにして水路は掘り進められたのか? 私財を投じた雖軒の覚悟と、工事を支えた村人たちの汗と絆の物語をお届けします。

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