医師として、教育者として――
そしてもう一つ、本多雖軒の生涯には「文化人」としての顔がありました。
医術と教養を支えた漢学の素養は、彼の詩文や書に昇華され、
地域に根ざした“学問の香り”を今に伝えています。
■ 詩を嗜む医師
雖軒は若い頃から漢詩や書画に親しみ、
診療や教育のかたわら、しばしば詩を詠み、筆を執っていたとされます。
彼の詩には、自然を題材にしたものや、
教え子や患者への想いを綴ったものが多く残っており、
そこからは人への慈しみと、日々を静かに見つめる眼差しが感じられます。
■ 桜餅と漢詩 ― 粋な“春の演出”
春のある日、雖軒は門弟たちを連れて村の桜の下で花見を開きました。
その際に振る舞ったのが、和菓子の桜餅。
そして、雖軒がその場で詠んだ一首――
「淡紅の 花びらうけて 餅一つ 人の心に 春の風立つ」
甘味と詩情が調和するその場にいた弟子たちは、
“医者にして詩人”という雖軒のもう一つの側面に心を動かされたといいます。
■ 書は人格を表す
雖軒の書は、端正でありながらもどこか柔らかく温かい。
格式張ったものではなく、日常の中にふっと溶け込むような自然な筆致です。
地元の郷土資料館には、彼の残した掛け軸や書簡が残されており、
その一つひとつに、雖軒の人柄と思想がにじみ出ています。
■ 地域の“文教の柱”として
当時の国分寺村では、学問や文化に触れる機会は限られていました。
だからこそ、雖軒の詩や書は文化の種火のような役割を果たしていたのです。
彼の長屋門の一室には、門弟や若者たちが集い、
詩を詠み、書を練習し、語らい合う“私塾のような空間”があったとも伝わります。
📌キーワード
- 詩医(しい):詩を嗜む医師としての雖軒の側面。
- 文人墨客:詩や書に通じた教養人。雖軒はこの系譜に連なる。
- 桜餅エピソード:地域の風物と教養が交差する心温まる逸話。
🌿人柄が伝わるエピソード
「一筆一心」
ある農家の青年が、雖軒に医術を学びたいと願い出たときのこと。
雖軒はまず筆と半紙を渡し、こう言ったといいます。
「人の命を預かるには、筆にも心が宿るかを見たい」
書は、その人の心映えを映す鏡。
雖軒にとって、書とは“人を見る道具”でもあったのです。
📝次回予告|第8回「晩年の営み ― 医と教の軸、そして“終の刻”」
地域のリーダー、教育の支柱、そして人生の最期まで診療を続けた本多雖軒。
第8回では、晩年の姿と、地元の人々に看取られて迎えた“終の刻”に迫ります。
「人生を貫いた志」とは、どんな形だったのか――。


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